December 1


「頼むよ〜、もらってくれよ〜」
 どでかいキーボードを抱えて玄関先に現れた同級生は、つい三日前に別れた彼女との思い出の品なのだと泣きついてきた。
 熱しやすいが冷めやすい、まるで瞬間湯沸し器のような恋愛を繰り返していたら、体と財布に悪いと思うんだが。
「家帰ってこれ見るたびに、あいこちゃんのこと思い出しちまうんだよー」
「なら質屋にでも持ってけ」
「彼女のとの思い出の品を金に変えるなんて無粋なまね出来る訳ないだろー!」
 人に押し付けるのは無粋じゃないとでも言いたいんだろうか。
 どうやってお帰りいただくか考えていると、奥から陽気な足音が響いてきた。
「あれー、吉田君。どうしたのそれ?」
「あっ!聞いてよケイさん、聞くも涙語るも涙のこの話!」
 そして、人んちの玄関先で、身振り手振りを交えながら熱く語り続けること、およそ20分。
「そうかー、吉田君も大変だったんだねー」
「でしょー!! あー、もう俺恋なんてしないよー」
 おいおいおい、と二人して男泣きするな。うっとうしい。
「で? このキーボード、どうするの?」
「いやね、あいこちゃんがキーボードやってたんで、じゃあオレもー! って始めたはいいんだけど、全然できなくて。で結局別れちゃったし、もう使わないし場所とって邪魔だから、ケイさんにどうかなーって」
 さっきの話とは随分違うような気がするんだが。
「わあ、ほんと? もらっていいならもらうよー」
「ちょっとケイさん!」
「え、だめ? わたし、昔ちょっとだけピアノやってたんだよねー。まだ弾けるかな」
「あ、やっぱり? なんとなくケイさん、こういうの好きかなーって思ったんだよね。じゃ、なんか弾いてよー」
「いいよー。指動くか分かんないけど」
「じゃ、おっじゃまっしまーす♪」
「おいこら吉田」
 人の制止をよそに、いそいそとどでかいキーボードをリビングに運び込み、セッティングすること15分。
「……吉田。言っておくが今回だけだぞ」
 音色だのリズムだのと、色々な機能をキャーキャー言いながら試しているケイさんを横目に釘を刺せば、
「分かってるってー。どうせしばらくは新しい彼女なんて出来ないから大丈夫!」
 と、胸を張って答えられた。
「その根拠のない自信はどこから出てくるんだ」
「だって、今クリスマスシーズンじゃん。もう目ぼしい子は彼氏作って、イブの計画練ってるって」
 ああ、なるほど。
「よーし、何となく理解したよ! じゃ、弾いてみるねっ」
「おー!! ほれお前も」
「はいはい」
 ぱちぱちぱち、とヤケッパチな拍手を鳴らせば、ケイさんは最初だけつっかえながらも、それなりに滑らかに、クリスマスソングを奏で出した。
 ……選曲が山下達郎なのは、もしかして嫌味だろうか。
「ぅお〜おお、さいでんなぁ〜、ほ〜でんなあ〜♪」
 ……吉田。ノるな。

 なんだか楽しそうに替え歌をがなる吉田の目に、小さく光るものがあったことは、武士の情けで気づかなかったことにしてやろう。


Story by seeds



 一日目から失恋ネタで恐縮です(^^ゞ
 クリスマスソングって、意外にも失恋ソングが多くてびっくりします。
 替え歌は……このネタってば今の人に通用しないかも、と冷や冷やしながら書きました。私が小学生〜中学生の頃は流行りまくってたんですがねー。



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